指がイップスになってから長い時間が経過。
更に言うならば仕事が変わってからすったもんだあり、なかなかハードな令和2年を過ごしている。
■隠居
隠居宣言をしてからどれくらい経っただろうか。
最近は正直放置ばかりだ。
いや、放置”だけ”はしているといっていい。
ギルドダンジョンにも、何なら数あるイベントもコンプリートすらしていないのが現状。
現状の様子は600万弱。
そこまで詳しくはないが、この戦闘力が既に第一線は退いていることを物語っている。
工匠が何とか理解できる程度の知識。
巷には聞いていたペットのLR化も全くもって手付かずだ。
放置をしてログインボーナスやアイテムゲットはしているため、謎のアイテムでインベントリはパンパンの状態だ。
■要塞戦への誘い
あれだけやっていた自由要塞戦にも出なくなってしまっている。
多忙も相まって血盟の運営権を完全に引き渡してから重荷は少し和らいだが、風船に小さな穴が空いたように徐々にリネレボの事を忘れていってしまっている。
自分でも悲しい話だが、これが現実だ。
そんな中、久々に反王親衛隊のメンバーから連絡が来た。
「要塞戦、来ませんか?」
2年間、土曜日だけは要塞戦をプレイすべく、外出してリネレボをプレイしていたことが懐かしくも感じる。
ちなみに外で要塞戦をやり、過去12回警察に職務質問されたのもいい思い出だ。
如何せん隠居した身でありながら、おいそれと要塞戦に顔を出すのも正直躊躇してしまっている我がいる。
普通のプレイヤーだったらそんな躊躇はいらん、むしろその躊躇が邪魔なのだ、と一蹴してきたつもりだが、いざ自分がその立場になると頭を抱えるものだ。
元盟主というものがこれだけ悩ましいポジションだったとは思いもよらなかった。
我なんかよりも傭兵を雇った方が間違いなくいいだろう。
だが声をかけてもらえるというのは本当に嬉しいことだ。
キャラとして、盛り上げ役としてではなく、それが単なる数合わせだとしても、純粋に楽しめるという点ではありがたいの一言に尽きる。
土曜の予定をチェックし、問題がない事を確認した上で、我はOKの返事を返した。
■久々のVC
土曜日の21時にDiscordのVCにINする。
名前を見ると見慣れた名前は多々あるが、その中にも知らぬ顔ぶれがあることに驚く。
21時には既に作戦会議が始まっていた。
バフはかけたか、高級ポーションはあるか、対人装備にしているか、スキルやソウルストーンのチェックも忘れずに。
現役でゴリゴリとやっていた時は当たり前のように感じていたこの会話も、ハッと気付かされることが多々あるのに驚く。
裏で一人慌てながらスキルのレベル上げをし、ソウルストーンを嵌め込み、高級ポーションの自動使用設定を調整する。
むしろ高級ポーションの自動使用設定がどこにあったのかあたふたしたくらいだ。
ギルドメンバーの一覧も久々に覗く。
昔に「貴殿はもうちょっと戦闘力を上げろ、やる事やれば我よりも超えられるから」と言っていたメンバーが、既に600万中盤に差し掛かっており、嬉しいやら寂しいやら。
センチメンタルとはこの事を言うのであろうか。
VCで作戦が繰り返され、パーティを組み、晩餐を用意する。
その中でも我の心情としては、足を引っ張らない、迷惑をかけない、そんなネガティブな感情だ。
正直、そういう感情が休眠した者、引退した者に関しては少なからずあるのではなかろうか。
リネレボ現役であれば「そんなのは吹き飛ばせ」と言うだろうが、我の場合は隠居した身でありながら変な風にならないように立ち回らなければならない。
迷惑をかけない、というよりも、迂闊な発言で今の輪を掻き乱さないという表現が正しい。
そんな中、ふと一言メンバーから言われる。
「反王様、声出しお願いできますか?」
まさか振られるとは思わなかった我は、反射的に「了解」と答えてしまった。
声出しとは言えど、果たしてこの戦闘力で連携に耐えうるのだろうか。
ただ、指名を受けたからにはやるしかない。
叩き込まれた要塞戦の記憶を呼び戻すしかない。
■要塞戦へ
要塞戦はSR要塞。
当然50vs50の大規模戦場であり、即時復活やアイテムも使いたい放題の、本当のオリジナル要塞戦だ。
相手はあろうことかケンラウヘルサーバー初日からライバルであった殺戮と晩餐の会だ。
ギルメンによると、最近めちゃくちゃ伸びてきて強くなっているという報告を受けている。
それを聞いてますます足を引っ張らないかの不安が頭を過ぎる。
現役の時も対して強くはなかった。
だが参加するだけで、皆でワイワイとできるだけでも楽しかった。
では今はどうか。
常に中心であった状態で皆を引っ張ってきた。
当たり前だが現状では我は中心にはいない。
その輪に入るではなく、なるべく外から見守ろうという考えの方が強く頭に残る。
別にメンバーが受け入れてくれない訳ではない。
むしろ歓迎ムードだ。
今でも「陛下」や「反王様」と呼んでくれる変わらないメンバーたち。
だったら何が違うのか。
答えは簡単だ。
変わってしまったのは自分自身なのだ。
久々の要塞戦。
自軍には溢れんばかりの味方が画面狭しと動いていた。
記憶に新しい要塞戦といえば10vs10 、ないし20vs20の要塞大戦ばかり。
だが今回は50vs50、ほぼフルメンバーでの進軍。
そういえば初めて50vs50の要塞戦をした時を思い出す。
まだ要塞戦も実装されていないのに、ああだこうだと試行錯誤していた。
Discordだって慣れない状態で大変だった。
そんな中でも色々とやったのを思い出す。
一番最初、2017年に作った要塞戦の資料の一つはこれだ。
もしちゃんと読んでいない人がいても行動に移せるようにと書いたもの。
戦っていく上で必ず誰しもが当たる壁に対する心構えを書いたもの。
2年振りに見つけたら自然と口元が緩む。
色々と頭の中では考えがまとまらなかったり、思い出やらが過ぎる中。
それを吹き飛ばしたのは要塞戦のBGM。
そして画面にいる反王親衛隊のメンバーたち。
50vs50というのはこうも血湧き肉踊る、何とも言えない楽しさの臭いがするものだ。
要塞戦で画面の仲間の名前を見てみる。
反王親衛隊でいくつものキル記録を打ち立てる白い死神、ドンキー布袋。
綿密な計算と大胆な戦略を得意とする、鍋蓋漢。
LRT第2回の作戦会議中に寝落ちしたアンチョビ長老。
我の新しい事務所にアンカーを打ち込んでハンモックを勝手に施工しようとするtsuboss。
どれもかもが懐かしいのに、この胸のワクワク感はいつになっても新鮮さを保っている。
こうなると腹を括るしかない。
足を引っ張らないでおこうとか、邪魔にならないようにしようとか、そういうネガティブな感情ではなく生まれてきた感情。
流れに乗って流れを加速させる。
ただそれだけを考えることにした。
試合開始30秒前になると一気に緊張感が増す。
笑っていた声も既に身を潜め、主力たちが最終確認をとっている様子を聞きながら合図を待つ。
そして画面の中心に出てくるカウントの数字。
ゾワゾワするこの感覚。
懐かしいのに新鮮なこの感覚は何とも喩えがたい。
小気味良いカウントダウンのSE。
5
4
3
2
1
『要塞の新たな主人となる為に 敵陣への進攻を開始してください』
様々な思い出と共に、戦いの檻は開かれる。
続く。